池袋パルコのすぐ近くにある四面塔

2023年12月30日

池袋にある四面塔とは何か?

池袋のパルコの東に公園があります。そのすぐ近くに小さい神社が二つ並んで建てられています。それが稲荷大明神と四面塔です。

池袋・四面塔エピソード

四面塔はもともと現在のパルコと西武デパートの中間くらい駅前の場所にありました。現在の場所に移されたのは1956年の5月18日です。

四面塔が建てられたのは1721年です。江戸時代中期。もともと四面塔があった場所は薄暗い森で「追いはぎ」「辻斬り」が横行していました。

一晩で17人が斬られる事件などがあったほど治安の悪い場所でした。板橋宿という宿場に通じる道でもあるため、宿場で遊ぶために訪れた人を狙った賊がたびたび出没していたようです。

また治安の悪さだけではなく薄暗い森であったため、人生に絶望した方が近くの松の木で首をくくるような事も頻繁にあるような場所だったようです。

そのような場所である事から、当時の池袋である池袋村の有志が集り、雑司が谷法明寺の高僧にお願いし石塔を立てたのが「四面塔」の始まりと言われています。

四面塔にまつわる怪奇事件

近代の四面塔にまつわる怪奇事件
  • 四面塔を移動させた所、西武池袋線の作業員が相次いで亡くなってしまった
  • 池袋駅長が四面塔に立小便をした所、数日で亡くなってしまった
  • 四面塔の跡地に建てられた丸物百貨店で怪奇事件が多発

近代に入ると上記のような怪奇事件があり「この土地は呪われているんじゃないか?」「四面塔の祟りだよ」と噂する人が多かったようです。

以下で個別に解説します。

四面塔を移動させた所、西武池袋線の作業員が相次いで亡くなってしまった

池袋は江戸時代と同様に長らく寂しい土地でしたが、大正時代の1914年から西武池袋線が開通をきっかけに大きく発展をします。

街が発展すると人が多くなり四面塔は邪魔になってしまいます。

そこで四面塔の場所を移動させたところ作業員が事故により相次いで亡くなって「四面塔は動かしてはならない」と地元住民の間で噂になったようです。

池袋駅長が四面塔に立小便をした所、数日で亡くなってしまった

昭和に入ると第二次世界大戦が始まります。戦争が終わった1947年には池袋の土地は焼け野原になってしまい人が減ってしまい「四面塔の怪奇エピソード」の記憶も薄れてきました。

そんな時、迷信などを一切信じない当時の池袋駅の駅長が四面塔に立小便をしたようです。

そしたらなんと、立小便をした駅長は数日後に亡くなってしまいました。

四面塔の跡地に建てられた丸物百貨店で怪奇事件が多発

実は四面塔は池袋の発展と共にコロコロ場所が変わっています。今のパルコの前進は丸物百貨店です。1957年には丸物百貨店が建てられるわけですが、実はここは元々、四面塔があった場所です。

  • 百貨店の屋上にあるヘリコプター型の遊具が突然壊れて、ヘリコプターで遊んでいた子供が放り出されて怪我をする
  • 丸物百貨店に泥棒が入り、7階の窓にはまっていた大きなガラスが突然落下して、通行中の女性にぶつかる
  • 丸物百貨店の階段付近で突然女性が殴られる

人が多いことによる治安の悪さもありますが、丸物百貨店で怪奇事件が多発したのです。そのため関係者が集り四面塔を新装してお祓いなどをしたようです。

四面塔の新装後も近辺では悲惨な交通事故など事件が多発していて「四面塔は大切にしよう」といった意識が強まったようです。

池袋パルコのすぐ近くにある四面塔:まとめ

以上、池袋パルコのすぐ近くにある神社・四面塔について解説しました。

今でも四面塔と稲荷大明神がある辺り、パルコの東側の線路沿いの公園付近は「なんとなく雰囲気の暗い場所」だったりします。

私は四面塔の歴史について調べるまで、その理由は分かりませんでしたが、非科学的な事ではありますが歴史を知る事で「雰囲気の暗さの理由」が分かったような気がします。

そんな歴史のある「パルコ東側の線路沿いの公園」ではありますが、今では人が貯まる場所ですしパフォーマンスをしてる人など、面白い方も沢山いる場所なので、私は好きな場所です。


池袋の地名の由来については、こちらの記事で書いています。是非こちらの記事も読んでみてください。

池袋の歴史

Posted by あらやま